不条理な夢、抽象絵画、魔物になれる身体:ネザーランド・ダンス・シアター2024来日公演

ぼぅっと流れるクラシック音楽とともにどこからともなく現れる男女、歪んだ時空の中で殺陣を繰り広げる隈取の男。その後も登場人物らが見せる不可思議な身体、大きな岩を暴力的に放り投げられ無惨に崩れ落ちていく人々のスローモーション再生、からの逆再生—

 

2024年夏のネザーランド・ダンス・シアター来日公演の愛知ツアー初日はこんな「美しい悪夢」から幕を開けた。トリプルビル最初のガブリエラ・カリーソ振付作品『La Ruta』は、〈不条理ながら確かに成立する現実〉が次々と繰り広げられる。

本作はツアー全体を通し上演された5つのダンス作品の中で最も演劇的ながら生身の肉体を強烈に突きつけ、ダンサー達の驚異的な身体能力のイントロダクションとして寄与している。歪む物理や重力の暴走を夢と認識しながら「逃げられない」と絶望する感覚は、誰もが一度は経験しているだろう。ダンサー達との対話から生まれた動きや小道具のアイデアを束ね、作品に昇華したカリーソの演出家としての手腕ゆえ、観客は「あの感覚」を劇場から持ち帰ることができる。

 

続いてウィリアム・フォーサイス振付作品「One Flat Thing, Reproduced」。冒頭でダンサー達によって舞台上に引き出される20台の白テーブルと、対比的に彼らの衣装の色彩が飛び込む。ダンサー達が「絵の具たち」として、テーブルの隙間を移動したりダンサー同士で呼応連携するような振付の流れは、抽象絵画の法則を紐解く感覚を呼び起こす。

轟音の中で合図を掛け合うダンサー達の緊迫感漲る生々しさが、振付を生むシステマチックな要素として存在するテーブルや振付家のメソッドなど、知的な装置から生まれているという点も興味深い。題名のとおり〈ある平面が複製あるいは増殖される様〉は、観客の紐解く力を試すゲームのようだ。

 

最後のシャロン・エイアール&ガイ・べハール振付「Jakie」は彼らの代名詞とも言えるDJ的な音楽展開、バレエの身体言語を極端化した身体性の強さが特徴。表層的にはミニマルで機械的とも取れるが、エイアールは取材等を読むと情緒的な発言が目立つ。作品も暗闇から仄かに浮かび上がる肉体の群れから始まり、いつ魔物が現れてもおかしくない気配が漂う。

エイアールは自身の即興を映像記録・編集した後さらに踊り手の内部感覚や情緒を引き出す振付手法を行う。魔物がいそうな美の世界を醸し出す表現力は、一朝一夕で簡単に生まれるものではない。人間のカタチをしながら「得体の知れない存在」になれるのもまたダンスの魅力。技術に加え一アーティストとしての表現力を日々磨き続けているNDTダンサー達の総合力を如実に示した本作は、トリにふさわしい作品だったと言える。

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